大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)95号 判決 1988年4月28日

原告

幸陽紙業株式会社

被告

有限会社オカベカミコン

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和61年3月19日、同庁昭和59年審判第12921号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名所を「折畳自在の間仕切体」とする発明(以下「本件発明」という。)に係る特許第1190220号(昭和56年2月25日特許出願、昭和58年4月19日出願公告、昭和59年2月13日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者であるところ、被告は、昭和59年6月27日、原告を被請求人として、本件特許の無効の審判を請求し、昭和59年審判第12921号事件として審理された結果、昭和61年3月19日、「本件特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年4月9日原告に送達された。

二  本件発明の要旨

所要間隔をおいて対向配置するボール紙等の所要数の横平板1、1'、1"・・・間に対し、ボール紙等の適当な折曲げ可能な資材で、間仕切スペースに相当するロ形部4と更に基辺に平行して延長辺5を折曲形成してロ形部4が折畳自在となる一対の縦間仕切部材aa'を左右対称として、各横平板1、1'、1"・・・間の両側端部に横辺部と延長辺5を定着して対称配備すると共に、各該部材aa'間に対し、該部材aa'と同効材の折畳自在の所要数のz形縦間仕切部材bb'b"・・・b×群を等間隔のもとに百足状に配列定着してなることを特徴とする折畳自在の間仕切体。(別紙図面(1)参照)

三  本件審決理由の要点

本件発明の要旨は、前項記載のとおり(特許請求の範囲の記載に同じ。)であるところ、請求人(被告)は、本件発明は、特願昭55-22375号(特開昭56-123266号)の願書に最初に添付した明細書又は図面(本訴乙第4号証)(以下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であるから、特許法第29条の2の規定に該当し、同法第123条第1項の規定により本件特許は無効にすべきものである旨主張し、かつ、請求人(被告)は、この種の間仕切体の製造販売を自己の業務とし、先願発明についてその承継人から実施許諾を得たものであつて、現にその製造を意図するうえで本件特許について利害関係を有する旨主張し、その後、利害関係の立証に関して、第一法規出版株式会社発行・判例工業所有権法第2331の65頁(本訴乙第5号証)、桑原精機有限会社と請求人(被告)との間の実施許諾契約書(本訴甲第4号証)、昭和60年1月28日付特許出願人名義変更届(本訴甲第5号証)及び特許公告決定の謄本(本訴乙第6号証)を提出した。これに対し、被請求人(原告)は、請求人(被告)の利害関係の存在を争うので、まず、利害関係の存否について検討すると、利害関係については、請求人が現にその発明について実施しなくとも、実施する意志があれば、足りるものと解されるものであり、この点、前記桑原精機有限会社と請求人(被告)との間の実施許諾契約書(本訴甲第4号証)から、請求人(被告)の先願発明を実施する意志を認めることができ、かつ、右実施契約を締結した事実のみでは利害関係があるとはいえないとする被請求人(原告)の主張は、これを裏付けるに足りる証拠の提出がないから採用できず、よつて本件審判の請求は適法というべきである。

次に、先願明細書について検討すると、先願明細書には、複数枚の長方形状の離隔紙の各面を互いに対向して位置させ、その対向面両端部に互いに反対向きにして一対のfile_2.jpg形間仕切体を貼着し、かつ、対向面中央部にfile_3.jpg形間仕切体を等間隔のもとに連続して貼着した折畳自在の間仕切りが記載されている(別紙図面(2)参照)。そして、前記file_4.jpg形間仕切体は、第1の水平面部2a、第1の起立面部2b、第2の水平面部2c、第2の起立面部2d及び第二の水平面部2eをそれぞれ連続して構成されており、2b、2c、2d、2eによつて形成される□形部が折畳自在である。また、前記file_5.jpg形間仕切体は、第1の水平面部1a、起立面部1b及び第2の水平面部1cを連続して構成されており、しかも折畳自在である。そこで、本件発明と先願発明とを比較検討すると、前者の横平板、縦間仕切材、乙形縦間仕切部材は、それぞれ後者の離隔紙、file_6.jpg形間仕切体、file_7.jpg形間仕切体に相当しており、この点を考慮すると、両発明は構成が同一であり、また、奏せられる効果の点でも差異がない。

したがつて、本件発明は、先願発明と同一であり、また、本件発明の発明者が、先願発明の発明者と同一であるとも、また、本件発明の特許出願時の出願人が、先願発明の特許出願人と同一であるとも認められない。

したがつて、本件発明は、特許法第29条の2の規定に該当し、同法第123条第1項の規定により、無効とすべきものである。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決の先願発明についての認定及び本件発明と先願発明とが同一であるとの認定判断は認めるが、本件審決は、請求人(被告)には本件特許の無効の審判を請求するについての利害関係がないのに、これがあるものとして、本件審判の請求を適法とした点において誤りであり、この点で違法として取り消されるべきである。すなわち、現行の特許法第123条第1項の規定に基づいて特許無効の審判を請求し得る者は、当該審判の請求について法律上正当な利益を有することを必要とするものであり、その点では、旧法(大正10年法律第96号)第84条第2項の規定に基づく特許無効の審判の請求の場合と異ならないものである(東京高等裁判所昭和45年2月25日判決)。したがつて、特許無効の審判請求人について利害関係の存否を認定するに当たつては、形式上の事実のみならず、実質上の事実についても判断し(第一法規出版株式会社発行・判例工業所有権法第196頁)、あるいは具体的な現実の事実に基づいて判断し(前掲判例工業所有権法第210頁)なければならないし、かつ、右の利害関係は、審判請求時から審決時にわたつて存在しなければならない(前掲判例工業所有権法第267頁)ものである。しかるに、本件審決は、利害関係については、請求人が現にその発明について実施しなくとも、実施する意志があれば足りるものと解されるものであり、この点、桑原精機有限会社と請求人(被告)との間の実施許諾契約書(本訴甲第4号証)から、請求人(被告)の先願発明を実施する意志を認めることができると認定している。本件審決の右の認定は、具体的な客観的な事実に基づいて利害関係の存在を認定したものとはいえないから、前掲判例に反する認定判断といわざるを得ない。審判手続において提出された各証拠をみても、無効の審判の請求時から審決時にわたつて請求人(被告)に本件特許に対する無効の審判を請求し得るための法律上の利益があることを実質的な事実に基づいて認定し得るものではない。したがつて、本件審決が、請求人(被告)について本件特許の無効の審判の請求の請求人適格を認めたことは、明らかに誤つた認定判断というべきである。なお、先願発明に係る特許を受けるべき権利が当初の出願人である訴外有限会社カワサキから訴外桑原精機有限会社に、更に被告の代表者である岡部昌明に承継され、現在、同人が先願発明に係る特許権の権利者であることは認めるが、被告が、昭和59年3月から先願発明に係る間仕切製品の製造販売を開始したとの事実は知らない。

第三被告の答弁

被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

二  同4の主張は、争う。本件審決の認定判断は正当であつて、原告主張のような違法の点はない。

被告は、昭和50年ころから各種の包装用間仕切製品の製造販売を一貫して行つてきた会社であつて、この種間仕切製品の製造販売の業界において原告と競業関係にあつたものであるが、昭和56年ころからは、業界紙への宣伝広告の掲載や独自のパンフレットの作成頒布など宣伝活動にも力を注ぐようになつた。先願発明を内容とする昭和55年特許願第22375号特許出願(昭和60年11月14日特許第1288132号として設定登録)の当初の出願人は、訴外有限会社カワサキであつたところ、その後、訴外桑原精機有限会社が、その特許を受ける権利を譲り受けたので、被告は、昭和59年1月10日に右桑原精機有限会社との間において先願発明についての実施許諾契約を締結したうえ、これを実施するための機械である「パーテイシヨン製造機」を購入して、同年3月中旬から先願発明の実施品である間仕切りを製造販売するようになり、以来右商品は、被告の製造販売する主力商品としての地位を占めている。なお、被告の代表者岡部昌明は、昭和60年1月16日に先願発明に係る特許を受ける権利を譲り受けて、同月28日付の特許出願人名義変更届を提出したが、これは、被告と代表者を同じくする同族会社である訴外カミコン工業株式会社も被告と同様に先願発明に係る特許を受けるべき権利を利用することから、代表者である岡部昌明個人にこの権利を帰属させたうえ、その実施許諾に基づいて被告と訴外カミコン工業株式会社がこれを実施できるようにしようとしたからである。右の事実に照らしても、本件特許の無効の審判を請求するについて被告に法律上正当な利益があることは明らかである。

第四証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、本件発明が先願発明と同一であることを認めたうえで、専ら、本件特許の無効の審判を請求するについて、被告には法律上の正当な利益がないのにもかかわらず、本件審決は、これがあるものとの誤つた認定判断をして、被告に請求人適格を認めた違法がある旨主張するが、本件審決の認定判断は正当であつて、原告がその取消事由として主張するところは、以下に説示するとおり、理由がないものというべきである。

原本の存在及びその成立に争いのない乙第7号証によれば、先願発明は、昭和55年2月25日特許出願、昭和60年3月22日出願公告、同年11月14日特許第1288132号として設定登録されたことが認められるところ、先願発明についての特許を受ける権利は、当初の出願人である訴外有限会社カワサキから、その後、訴外桑原精機有限会社に、更に被告の代表者である岡部昌明に承継され、現在、先願発明に係る特許権が同人に帰属していることは当事者間に争いがなく、以上の事実に、成立に争いのない甲第4号証、第5号証、乙第1号証の1及び2、第2号証の1ないし3、原本の存在及びその成立に争いのない乙第3号証の2及び3並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告(本件審判請求人)は、折畳自在な間仕切材である、いわゆるパーテイシヨンの製造販売を主たる業務とする会社であるところ、昭和59年1月10日、当時先願発明についての特許を受ける権利を有していた訴外桑原精機有限会社との間において先願発明に係る折畳自在な間仕切製品の製造について実施契約を締結し、パーテイシヨンの製造機械を購入して同年3月中旬ころから、先願発明に係る間仕切製品の製造を開始して以来、間仕切製品の販売をはじめ、被告代表者岡部昌明が先願発明の特許を受ける権利を承継し、その特許権者となつた後も同人の承諾のもとにその販売活動を継続していることを認めることができ、これに反する証拠はない。右認定の事実によれば、先願発明に係る折畳自在な間仕切製品を製造販売している被告には、本件特許の無効の審判を請求するについて法律上正当な利益があることが明らかであり、したがつて、被告に請求人適格を認めた本件審決には何ら違法の点はなく、原告の主張は到底採用することができない。

そして、前示当事者間に争いのない事実に成立に争いのない甲第1号証及び第3号証によると、本件発明は先願発明と同一であり、本件発明の発明者は先願発明の発明者と同一の者ではなく、また、本件発明の特許出願当時の出願人と先願発明の出願人とが同一の者でないことは明らかであるから、本件発明は、特許法第29条の2の規定に該当し、特許法第123条第1項の規定により無効とすべきであるとした本件審決の判断は正当であり、これを取り消すべき違法の点はない。

(結語)

三 以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤つた違法があることを理由に、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。

よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武居二郎 裁判官 舟橋定之 裁判官 川島貴志郎)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例